優が奥に行ってしまってから、しばらく綾はぼーっとソファーに座っていた。
やはり聞いてはいけないことだったのだろうか。
遠くで小さい子ども達が喚声をあげている。
『誠屋』の中は、時が止まっているような、不思議な空間だった。
彼女は、なぜそんな気分になってしまうのか、壁にかけられた無数の時計を見て察しがついた。
時計は皆、それぞれが勝手な方向を指したまま止まっているのだ。
よく見ると、カレンダーもだ。
日めくり、月めくりを問わず、やはりバラバラの季節のまま止まっていた。
「なんか・・・すごい不気味・・・。」
この部屋全てが、異様だと思った。
綾はたえかねて、窓を少し開けた。
隙間風が少し頬を撫でて、ムッとした「香」の匂いが和らいだ。
夏の匂いがした。
風にのって、少しすっぱいれどもほのかに甘い匂い。
蝉の声。
突然、玄関の戸を叩く音が聞こえたのはその時だった。
音もなくすっと優が姿を現した。
「どうやらお客さんが来たみたいだ。少しの間だけ、奥の間に行っていてもらえないかな。」
そう言って、優は先ほど自身が菓子でも持ってくると言って入っていった奥を指さした。
綾は頷くと、慎重な足取りで奥の間まで歩いて行った。
「ああ、そうだ。そこの扉、少し開けてておくといいよ。」
彼女が扉に手をかけたとき、思いついたように優が言った。
「誠屋がどんなトコロなのか、見ていたらきっと、綾なら分かるよ。」
再び激しくドアが叩かれたので、優はドアの方に行ってしまった。
「随分きれいなところなんですね。」
訪ねてきたのは若い女性だった。
若いと言っても、優や綾よりは年上で、落ち着いた物腰の人だった。
そのような人があんなに激しくドアをノックしていただなんて、よほど大変なことでもあったのかと綾は思った。
女性は出された茶を一口飲むと、静かに話した。